遠いリング

現時点において、僕のベスト・オブ・スポーツ映画は『RUDY』であるのは、この間レビューに書いた通り。ではベスト・オブ・スポーツ・ノンフィクションが何かと尋ねられたら、この『遠いリング』を挙げるだろう。

グリーンツダジム所属の8人の選手それぞれの人生を、丁寧に、そしてやさしく書き綴ったノンフィクションだ。世界チャンピョン、日本チャンピョン、新人王、ジムを去っていった選手、咬ませ犬役の選手、トレーナー兼選手、プロボクサーを目指す2人の少年。作者は様々なレベルに属する選手の角度から、ボクシングという競技を供に見つめている。読む人はこの8人の主人公たちの誰かに、感情移入できるだろう。一人一人の人生を描くことによって、ボクシングというスポーツの魅力の全体像を描ききっているのがこの作品最大の魅力だ。
この作品には、もう一人主人公がいる。エディ・タウンゼントだ。彼の人生の最期が、第1章で綴られている。この本の根底に流れているテーマは、エディのいう「ハートのラブ」であり、ジムのオーナー津田や竹本トレーナー、エディの妻である百合子タウンゼントが選手たちを支え姿がさりげなく描かれている。

作者はエディの話で最も印象に残った話として次の言葉を挙げている。

「(前略)男のラブよ。あのラブでないの、わかります?負けたときが大事なの。勝ったときはいいの。世界チャンピョンになったら、みんなウオーッといってリングにあがりますね。だっこして肩車しますね。狂ったようになりますね。でもボクならない。一番最後に上がるの。よかったね、おめでとう、というだけよ。夜、ドンチャン騒ぎありますね。でもボク騒がない。ナイスファイト、また明日ね、といって帰るの。でも負けたときは最後までいます。病院にも行くの。ずっと一緒よ。それがトレーナーなの。わかります?」

教え子、イオーカ(井岡)にはこうも言っている。

「いい彼女をつくるのよ。勝ったときにね、抱きついてくる彼女はいらないの。負けたときにね、泣きたいときに助けてくれる彼女をつくるの」

勝負の世界に生き続けた男の言葉である。そしてこの言葉は、後藤正治という作者にも影響を与えたように思える。そうでなければ、チャンピョンでもなければ、有望な選手でもない谷内や大竹、野崎という選手の人生を描いたりしただろうか。

第5章『青コーナーブルース』や、第6章『B級パンチ』などの章タイトルを見ただけでもグッとくる。沢木作品のボクシングものを読んだ後、後藤作品のボクシングもの(リターンマッチ等)を読むと彼の作品の魅力がより増すのがわかるだろう。沢木には描けない関西人特有の”茶目”が、気障ではないリアルな選手像を伝えてくれる。おすすめの一冊だ。

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